マイクロモビリティ向け組込みシステムにおける安全性の確保

Industry Insights Blog Series(業界動向ブログシリーズ)

 

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Toni Qt
Toni Paila

Director, Qt for Microcontrollers

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Sumitabh Ghosh

Senior Product Lead, MCU 

 

安全性は、特にマイクロモビリティ分野の組み込みシステムにおいて最も重要です。この分野では、ミスが許される余地はほとんどありません。組み込みシステムは車両内の重要な機能を制御しており、速度制御からブレーキシステムに至るまで、すべてが確実に作動するように支えています。eスクーターやeバイクのようなマイクロモビリティ車両では、これらのシステムはリアルタイムでの動作が求められ、かつ限られたリソースのハードウェア上で構築されていることが一般的です。こうしたシステムに不具合が生じると、重大な結果を招く可能性があり、事故や死亡につながるおそれもあります。

高性能な電動バイクや電動自転車では、通常、マイクロプロセッサ(MPU) を使用してデジタルダッシュボードを駆動しています。これにより、ライダーにリアルタイムのデータ、ナビゲーション、接続機能などが提供されます。
MPUは高い処理能力を持ち、複数のアプリケーションを同時に実行したり、複雑な計算処理を行う必要があるシステムで使用されます。現代のコンピューティング機器において、処理能力の需要が高い場面でMPUは不可欠な存在です。一方、マイクロコントローラ(MCU) は、特定のタスク向けに設計されており、メモリや周辺機能を内蔵しています。シンプルさ、効率性、低消費電力が重視される用途に最適であり、リアルタイム制御が求められる組み込みシステムでよく使用されます。MCUとMPUは連携することで、GPS追跡、モバイルアプリとの接続、OTA(Over-The-Air)によるアップデートなど、革新的な機能を実現することが可能です。マイクロモビリティ車両がソフトウェア定義アーキテクチャへの依存を強める中で、システムの複雑さやそれに伴うリスクも大幅に増加しています。

現代の組み込みシステムは高度に複雑化しており、それが安全性に関する課題をさらに一層深刻なものにしています。これらのシステムは通常、ハードウェアとソフトウェアの複数のコンポーネントで構成されており、それらが完璧に連携して動作する必要があります。ひとたびこれらのコンポーネント間で誤動作や通信不良が発生すれば、システム全体の安全性が損なわれる可能性があります。

マイクロモビリティにおける安全規制のグローバル動向

組み込みシステムにおける安全性に関する規制は、世界各国で大きく異なります。自動車業界においては安全規制が比較的明確に整備されていますが、マイクロモビリティ分野ではまだ発展途上の段階にあります。多くの国では、二輪車やその他のマイクロモビリティに関する安全規制が存在しないか、あっても初期段階にとどまっているのが現状です。このような規制の不在や未整備の状況は、地域ごとに安全基準が異なる断片的な市場を生み出しています。

たとえばヨーロッパでは、製造業者が遵守すべき厳格な安全規制が存在します。しかし、多くのマイクロモビリティ製品に対しては、法律に明記された「事実上の認証制度」がまだ存在していないのが実情です。そのため、企業は将来の規制を見越して、自主的に安全基準を定めて対応することで先手を打つケースが多く見られます。一方で、インドのような国々では、規制がそれほど厳格ではないため、開発や製造において柔軟性が高い反面、安全リスクも高まる可能性があります。

マイクロモビリティ分野が成熟していく中で、安全規制が義務化される前にそれを見越して対応することは、企業にとって大きな競争優位となります

それにより、単なる規制遵守にとどまらず、消費者からの信頼も獲得することができます

機能安全規格の理解:ISO 26262

機能安全(Functional Safety)は、組み込みシステムにおいて極めて重要な要素です。ISO 26262は、自動車業界における機能安全の国際標準規格として広く採用されています。機能安全の目的は、潜在的な危険(ハザード)を特定し、それに対するリスク低減策を講じることです。これには、被害の可能性や重大性の評価を行い、システム設計を通じてそのリスクを許容可能なレベルまで抑えることが含まれます。

ISO 26262は、ハザード分析・リスクアセスメント・安全マネジメントなど、幅広い領域を網羅しており、開発の初期構想段階から廃棄・運用終了までの全プロセスを対象としています。注目すべきは、この規格が自動車だけでなく、オートバイや小型車両などにも適用できる内容を含んでおり、マイクロモビリティ分野にとっても非常に関連性が高いという点です。

ISO 26262は、安全要件を異なるレベルに分類し、ASIL(Automotive Safety Integrity Level)と呼んでいます。
ASILは次の3つの要素に基づいて決定されます: Severity(重大度),  Exposure(露出頻度),   Controllability(制御可能性)
ASILのレベルは、ASIL A(最も低い要求)から、ASIL D(最も高い安全要求)までの4段階で構成されています。

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Qt Groupのソリューションがマイクロモビリティ分野の安全規格準拠をどのように支援しているか

Qt Groupは、マイクロモビリティ分野における組み込みシステムの安全性および規制要件への準拠を支援するために、さまざまなソリューションを提供しています。その代表的なソリューションの一つが、Qt Safe Rendererです。

Qt Safe Renderer (QSR)

Qt Safe Renderer(QSR)は、安全性が求められる情報――たとえば、車両のインジケーターや運転支援システムにおける引き継ぎ通知など――をエンドユーザーに確実に表示するためのUIレンダリングコンポーネントを提供します。QSRは、これらの情報が正確かつ明確に車両のダッシュボード上に表示されることを保証します。また、QSRは機能安全の最高レベル(ASIL D)の認証を取得しており、ISO 26262に加え、一般産業用や医療分野向けのIEC規格にも準拠しています。これにより、その信頼性と規格適合性が保証されています。さらに、最新リリースである Qt Safe Renderer 2.2.0 Beta 2 では、Qt Quick Ultraliteアプリケーション内で安全性が求められるUI部品を使用できるようになりました。Qt Quick Ultraliteは、マイコン(MCU)で動作するようなリソース制約のある組み込みシステム向けに設計された軽量版Qt GUIフレームワークであり、限られたメモリや処理能力でも、洗練されたユーザーインターフェースを実現することが可能です。

Qt for MCUs

もう一つの重要なソリューションが Qt for MCUs です。これは、リソースに制約のあるデバイス上でスマートフォンのようなユーザー体験を実現するための、完全なグラフィックスフレームワークおよびツールキットです。Qt for MCUsは、MCU(マイクロコントローラ)とMPU(マイクロプロセッサ)間でのUIの再利用を可能にし、既製のコンポーネントを活用した迅速な開発を支援します。さらに、Qtフレームワークのクロスプラットフォーム機能により、異なるハードウェア間でも一貫したユーザー体験を提供することが可能です。

Qt Safe Renderer(QSR)とQt for MCUsを組み合わせることで、視覚的に魅力的かつ機能安全性を確保したアプリケーションを開発するための包括的な戦略が実現します。この2つのソリューションを併用することで、事前に安全認証を受けたコンポーネントを活用できるため、安全認証取得にかかる時間とコストを大幅に削減できます。加えて、最終製品の品質と信頼性が向上するため、現在の市場において企業にとって極めて価値の高い資産となります。

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機能安全は、信頼性の高いマイクロモビリティシステムを支える基盤です


Qt Groupの事前認証済みソリューションを活用すれば、製造業者は複雑な安全認証のプロセスをスムーズに進めることができ、製品の安全性と市場投入準備の両立を実現できます

  • 製造業者は、製品に統合する機能やコンポーネントごとに、時間とコストのかかる認証プロセスを自社で一から行う必要がありません。

  • あらかじめ認証されたソリューションを使用することで、規制当局が求める安全基準を満たしているという確信を持つことができ、コンプライアンス違反のリスクを大幅に低減できます。

  • さらに、事前認証プロセスにより、ソフトウェアおよびそのコンポーネントの信頼性と安全性はすでに検証済みであるため、最終製品における不具合や故障のリスクも大幅に低減されます。

 

組み込みシステムにおけるAUTOSARアーキテクチャの役割

AUTOSAR(AUTomotive Open System ARchitecture)は、自動車向けソフトウェアの安全性と信頼性を高めることを目的とした標準化アーキテクチャです。当初は従来型の自動車システム向けに設計されましたが、近年ではマイクロモビリティ分野でも採用が進んでいます。AUTOSARの重要な価値のひとつは、プロセスの分離とメモリ保護を重視している点です。これにより、システムの一部で不具合が発生しても他の部分に影響を与えにくくなり、全体の安全性が向上します。

Qt Groupは、AUTOSARのさまざまなユースケースに対応するための多様なソリューションを提供しています。たとえば、AUTOSAR Classicアプリケーションにおける Qt for MCUs グラフィクスツールキットの堅牢なリファレンス統合は、ソフトウェア統合作業の大幅な効率化を実現します。

 

AUTOSARはもともと、電子制御ユニット(ECU)を通じた車両機能の制御など、非グラフィカルなシステム向けに設計されていました。しかし、マイクロコントローラ(MCU)で高度なグラフィックス処理が可能になったことにより、AUTOSARとグラフィカルユーザーインターフェース(GUI)の統合ニーズが高まっています。
Qt Groupは、AUTOSARと自社のグラフィカルソリューションを事前に統合済みで提供しており、製造業者がAUTOSARアーキテクチャとグラフィカル機能の両方を備えた製品を迅速に市場投入できるよう支援しています。

 

品質保証ツールによる安全性の強化

安全で信頼性の高い組込みシステムを開発するうえで、品質保証は極めて重要です。Qt Group はこの分野において、静的コード解析やアーキテクチャ検証のための Axivion Suite、コードカバレッジ計測のための Coco、テスト自動化のための Squish など、さまざまな品質保証ツールを提供しています。

Axivionは、MISRA C/C++:2023、AUTOSAR C++14、CERT などの安全・セキュリティ規格への準拠を支援します。Axivion Static Code Analysis はコードの品質維持に焦点を当て、Axivion Architecture Verification は、実装されたソフトウェアが設計どおりに構築されているかを検証します。この検証によって、設計と実装の間の乖離(ズレ)を検出し、迅速な修正を可能にします。
このプロセスは、システム設計の整合性を維持するために非常に重要であり、結果的に安全性や信頼性にも直結します。さらに、Axivion は技術的負債や保守コストの削減を通じて、製品の市場投入までの時間(Time-to-Market)を短縮します。

Coco によるコードカバレッジレポートは、テスト中にどの程度ソースコードが実行されたかを評価するために不可欠です。
特に安全性が重視されるシステムでは、コードの実行パスを可能な限りテストで網羅することが、未検出のバグリスクを最小限に抑えるうえで重要です。

Squish は GUI のテスト自動化ツールで、ユーザー操作が設計どおりに動作し、表示も正しくレンダリングされているかを検証します。Squish は、Qt 6 を用いた MPU(マイクロプロセッサ)ベースのシステム向けのソリューションに加え、リソース制約のあるマイクロコントローラ向けの Squish for MCUs も提供しており、幅広いデバイスに対応可能です。

Learn more: Two-Wheeler Embedded UIs: Test Right or Risk Product Recalls

今後の展望

マイクロモビリティ分野は急速に進化しており、安全規制も同様に進化を続けています。メーカーは現在の安全基準を満たすだけでなく、将来の規制動向を見越して備えることで、競争優位性を保つ必要があります。

Qt Group の 品質保証ツール、Qt Safe Renderer(QSR)、Qt for MCUs、その他の GUIソリューション を統合することで、優れたユーザー体験と厳格な安全基準の両立を実現する、包括的なマイクロモビリティソリューションの開発が可能になります。

ぜひ Qt 製品をご体験ください。Qt のオンラインデモをお試しいただくか、プロトタイピングを加速させる方法についてお気軽にお問い合わせください。

詳細はこちら Qt in Micro-Mobility.

 


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