本稿は「How Qt Helped Him Build a Career in Cross-Platform App Development」の抄訳です。
Qtではよく、「ただソフトウェアを作るのではなく、“意味のあるもの”を作ることが大切だ」と話しています。そして、長年この道を歩んできた人々と話してみると、重要なのは「適切なツール」「良いコミュニティ」、そして「自由に創造できる環境」であることに気づかされます。このQt Journeyシリーズでは、Qtをプロフェッショナルの一部として活用している世界中の開発者、デザイナー、エンジニアたちのストーリーを紹介しています。
本日は、長年にわたり独立系ソフトウェア開発者として活躍し、Qtチャンピオンとしても知られる、Qtコミュニティの情熱的なメンバー、エッケハルト・ゲンツ(Ekkehard Gentz)氏のストーリーをご紹介します。
パンチカードの時代からQtを使ったクロスプラットフォームのモバイルアプリ開発に至る彼の歩みは、ただ感動的なだけでなく、Qtが業界の垣根を越えて、個人に“意味のあるソリューション”を生み出す力を与えていることを示す好例です。

1行表示端末からクロスプラットフォームUIへ
エッケハルト・ゲンツ(Ekkehard Gentz)—Qtコミュニティでは“Ekke”の愛称で親しまれている彼は、約50年にわたりソフトウェアを開発してきました。ミュンヘン近郊に拠点を構える彼は、自宅のオフィスから独立開発者として活動し、小売業からエネルギー産業に至るまで、さまざまな業界向けにモバイルビジネスアプリを手がけています。
彼のプログラミングの旅は、非常に控えめな一歩から始まりました。
「47年前に“プログラマー募集”という求人広告を見つけました。なんだか面白そうだと思って応募し、採用されました。」
彼はアセンブラやCOBOLからキャリアをスタートさせ、初期の1行表示端末やパンチカードを使ったソフトウェア開発に従事していました。その後、Appleシステム、新しい統合開発環境(IDE)、進化するフレームワークと、テクノロジーの波に乗り続け、やがてQtにたどり着きます。
今回ご紹介するのは、QtチャンピオンでもありQtコミュニティの情熱的なメンバーであるEkkehard Gentz氏の物語です。パンチカードからQtを使ったクロスプラットフォームモバイルアプリまで――彼の歩みは、Qtがどのようにして個人開発者を力づけ、さまざまな業界に意味あるソリューションをもたらすかを示す素晴らしい実例です。
BlackBerryを通じてQtと出会い、そして未来のために使い続ける
EkkeがQtに出会ったのは、非常に実践的な場面でした。廃棄物処理業界のクライアントから、BlackBerry端末向けのモバイルソフトウェアを求められたのです。ちょうどその頃、BlackBerryがBB10 OS(QNXとQt 4.8ベース)をリリースしたことがきっかけとなり、EkkeはQtのエコシステムに引き込まれました。
「それが私とQtの最初の出会いでした!CやC++の知識がまったくない状態でも、Qtを使ってサーバーとデータをやり取りし、それを端末に保存し、ビジネスロジックを実装することができたのです。」
その後、BlackBerryのモバイル事業が衰退すると、Qtは彼にとって“頼れるソリューション”となり、大きな転機を迎える基盤となりました。Qt 5、そしてQt 6へと進化する中で、彼はすべてのアプリをAndroidとiOSに移行し、Qt Quick Controls 2とMaterial Styleを活用するようになります。
「Qtのおかげで、BlackBerry時代のコードの一部を再利用でき、2つのプラットフォーム向けアプリを素早く構築することが可能になりました。」
エンドツーエンドのモバイルアプリを、一人で
Ekkeは一人開発者として、実に多くの役割をこなしています。コーディングだけでなく、クライアントと直接やり取りして業務フローを把握し、UI/UXを設計し、ビジネスロジックを実装し、最終的には本番運用可能なアプリとして納品まで行います。
「お客様のアイデアから実際に使われるアプリになるまで、全体を通してアプリを作り上げることに情熱を感じています。」
Qtの包括的なフレームワークのおかげで、ひとつのコードベースで開発を進めながら、AndroidとiOSのネイティブらしさを両立させることができます。これはどんな開発者にとっても大きな強みですが、特に一人で開発を行う立場の人間にとっては、非常に心強い利点です。

コミュニティへの情熱、そして学び続ける姿勢
コードを書いていないときも、EkkeはQt開発者コミュニティに深く関わっています。Qtフォーラムへの参加、バグレポートの投稿、実装例の共有、そして自身の技術ブログ ekkes-apps.org の運営など、積極的な情報発信を行っています。
「プログラミングに情熱を持ち、ほぼ毎日、新しいことを学ぶ意欲が必要です。」
また彼は、Qt World SummitやQt Contributor Summitなどのイベントにも積極的に参加しています。そうした活動が評価され、2016年と2024年の2度にわたり Qt Champion に選出されました。
Qt 6への移行をサポートするために
大規模なアプリケーションの移行は決して簡単な作業ではありません。それでもEkkeは、長年にわたって開発を続けてきたプロジェクトをQt 5からQt 6へ移行させました。その過程で彼は、同じような課題に直面する他の開発者の助けになるようにと、詳細なチェックリストや移行ガイドを公開しました。たとえば、QMakeからCMakeへの移行といった共通のつまずきポイントにも対応しています。
「8年以上かけて成長してきた複雑なアプリを移行するのは簡単なことではありません。自分が苦労したことを、他の人にはできるだけ避けてほしいと思ったのです。」
彼のこうした貢献は、Qtを初めて使う人にとってはより取り組みやすく、熟練の開発者にとってはより効率的な環境を提供する一助となっています。
Ekkeのストーリーは、単なるキャリアの年表ではありません。技術への好奇心と適切なツールが組み合わさることで、何が可能になるかを示す証です。
彼にとって、Qtは単なるフレームワークではありませんでした。Qtは、堅牢なモバイルアプリを構築し、一人開発者として俊敏に活動し、そしてオープンさ・サポート・品質を重んじるQtコミュニティへ貢献するための土台だったのです。
これからプログラミングを始めようとしている方にも、将来の拡張性を考慮してツールを探している方にも、Qtは一緒に成長していけるよう設計されています。
Ekkeの例が示すように、Qtで開発するということは、単にコードを書くことではなく、“技術を磨き、キャリアを築き、コミュニティとつながる”ということなのです。